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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(あ)1264号 決定 1985年4月08日

本籍

大阪市西淀川区御幣島四丁目三番地

住居

同 浪速区湊町一丁目二番一一号

会社役員

岡田進

昭和一〇年一月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五九年九月七日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人藤田太郎の上告趣意第一点は憲法三一条違反をいうが、その実質は刑法四五条の解釈適用に関する単なる法令違反の主張であり、同第二点は量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高島益郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 矢口洪一)

昭和五九年(あ)第一二六四号

○ 上告趣意書

所得税法違反 被告人 岡田進

頭書被告事件について弁護人は上告の趣意を別紙の通り提出します。

昭和五九年一一月一〇日

右被告人弁護人弁護士 藤田太郎

最高裁判所第一小法廷 御中

別紙

第一点 原判決は憲法第三一条に違反し、判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄しなければならない。

一 原判決は弁護人の控訴趣意に対して第一審判決が判示第一の罪と同第二第三の各罪が併合罪の関係にあるとして、右第一の罪に併合加重したことは法令の解釈適用の誤りがないと一審判決を容認すると判示した。

二 原判決は判示第一の罪が刑法六条同一〇条により軽い昭和五六年法律第五四号による改正前の所得税法第二三八条一項二項を適用処断すべきであると判示していること明らかである。

又判示第二、第三の罪については右改正後の所得税法第二三八条一項情状により同条二項を適用処断すべきであると判示している。

三 昭和五六年法律五四号は所得税法違反の罪については刑法六条の刑の変更があったことは争いない事実である。

原判決判示一の罪については右改正前の軽い所得税法違反の罪条を適用すべきである。

以上改正後の重い所得税法違反を適用すべき罪と刑法第四五条後段の併合罪の適用をすることは刑法第六条、刑法第一〇条の精神を忘れ、事実上後に刑そのものを加重した法律を遡及して適用したことになる。

四 改正刑法草案(昭和四九年五月二九日法制審議会総会決定-有斐閣発行ポケット六法昭和五八年版七二四頁)第二条二項には「犯罪後刑に関する法律の変更があったときは行為者にとっても最も利益なものを適用する」と規定している。

草案の説明によればそれは刑の加重減免、累犯者および競合犯の処断、刑の執行猶予など有罪者に対する刑またははその適用に影響する実体法上の規定に変更あった場合をすべて含ませる趣旨であり、仮釈放刑の時効刑の消滅に関する法律が変更された場合も含むとされている。(中山研一刑法総論-昭和五七年一〇月一日株式会社成文堂発行-六七頁参照)。

五 弁護人は原審提出の控訴趣意書において「昭和五六年法律第五四号は所得税法違反の罪に対する国家的評価を変更したもので、確定判決と同一視すべきであるから併合罪関係は遮断されるべきものと思料する」と主張したのであるるが、原判決は右主張は採用しなかった。

六 結局原判決は判示第一の罪に事後法である改正所得税法違反の罪条を適用したことは刑法第六条一〇条、刑法第四五条の解釈を誤り憲法第三一条に違背した判決であり、判決に影響を及ぼすこと明らかであり、又これを破棄しなければ著しく正義に反するから刑事訴訟法第四〇五条、第四一〇条、第四一一条により原判決を破棄する判決をされたい。

第二点 原判決は刑の量定甚しく不当であるから、原判決を破棄しなければ正義に違反すると思料する。

一 原判決は第一審判決に対する弁護人の刑の量定が不当であるとの控訴理由に対して理由なしとして控訴棄却の判決を言渡した。

すなわち被告人に対して第一審判示事実につき懲役二年六月及び罰金六、五〇〇万円に処する右罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する、この裁判確定した日から四年間右懲役刑の執行を猶予するとの判決を言渡した。

二 第一審並びに原審判決は犯示事実に対して懲役刑につき執行猶予を言渡した理由は特に説示していない。

刑法第二五条の情状とは犯人の年令、性格、経歴、環境、犯罪の種類、軽重、その他諸般の事情を考慮し特に被告人の更生を考慮したものと思料する。

三 本件犯情として記録上次の点が認められる。

1 本件査察前の申告状況について。

原判決判示第一の犯罪事実について(昭和五五年分)原判決は所得金額九三、九〇七、九八五円であるのに、同年分の所得金額一〇、一七五、六一一円と申告したと判示している。

しかしながら被告人は本件査察調査前に修正申告をした状況は次のとおりである。

(1) 昭和五五年分所得の修正申告書は昭和五七年六月一日所轄浪速税務署に提出している。

修正申告所得額は一七、五〇六、三八三円で、修正所得額七、三三〇、七七二円、修正申告納税額三、四四三、四〇〇円差引納税額三、三〇三、六〇〇円は加算税も含め計三、四六八、七〇〇円を昭和五七年六月二三日に完納している。

(2) 昭和五六年所得については昭和五七年六月一日修正申告額一八、七七八、四九三円(増差額七、四八四、四六三円)、修正申告納税額四、八二七、五〇〇円として所轄浪速税務署に修正申告書を提出し、重加算税も含めて四、二〇四、七〇〇円の所得税を昭和五七年六月二三日納付している。

2 本件脱税に伴う税金の支払状況。

(1) 被告人は本件起訴後昭和五八年一二月九日起訴事実通りの所得について修正申告書を所轄税務署に提出して、逋脱税額合計二八三、六八五、八〇〇円を同年一二月九日より同月二二日迄に完納したほか、付帯税金についても左記のとおり納付している。

(イ) 重加算税については八四、〇〇〇、〇〇〇円のうち三五、〇〇〇、〇〇〇円。

(ロ) 事業税一九、六六九、七九一円完納。

(ハ) 府市民税等地方税については、昭和五九年一月三〇日一、〇〇〇万円納付し、残額は本年末まで猶予するとの了解を得ている。

以上合計金六四、六六九、七九一円である。

3 本件所得の確定は財産増減法によったのであるが、被告人は査察調査の始めより手持の証拠は全部提出して調査に協力し、検察官の取調、公判においても所得の認定については一切争っていない。

4 本件所得の大半はゲーム機による所得であるが、被告人は昭和四〇年頃よりこの事業を初め、警察による取締がなされていない期間における所得が大半であり、取締が開始される直前に廃業している。

5 被告人は会社の収入と個人の収入ははっきり区別し、仮名預金を用いたが、正確に通帳も保存し、その使途も不動産購入、店舗の権利借入、有価証券の購入等で所謂無駄使いはしていない。

6 被告人には前科前歴はない。

7 被告人は本件脱税による所得を全部なげだして、脱税に伴う諸税金を支払い、改悛の情顕著である。

8 被告人は人生の再出発として、幼少の頃覚えた料理人としての腕により家族ともども更生の道を進まんと決意している。

9 被告人の家族には妻の外、学生である子供二人、当年六八歳の老母を抱えている。

10 第一審判決後の情状として、被告人は関係会社の資産の内、換価できるものを処分して、未払の税金の納付に努力している。

その結果重加算税について原審中更に金二、五〇〇万円を納付した。

右の納付により重加算税の未納付額は二、四〇〇万円と減少した。

昭和二二年所得税に関する申告納税制度実施に伴い税制改正が行われ、所得税逋脱犯に関して懲役刑の刑罰をもって臨むと共に、企業維持の観点から逋脱税額の何倍という罰金刑の必要がないという当事の総司令部側の意向を反映して、一応罰金の法定額は五〇〇万円以下ということにした。その代りに税法の規定に重加算税を新たに設けられた。その当時の重加算税は逋脱税額に対して五〇%の課税率であった。

昭和二二年三月三一日法律第二七号の所得税法に於ては、同法第六九条二項に於て免れた所得税額が五〇〇万円を超える時は情状により所得税額に相当する金額以下となすことが出来ると規定している。

この罰金額の判定は重加算税を考慮したものである(但しこの時は刑法第四八条二項の規定の適用はない)。

重加算税は行政罰であり、罰金は刑罰であるから異質なものであるが、何れも税金を免れた行為に対する制裁である性質には変りはない。更に脱税に伴い重加算税の外に多額の国税、地方税を負担しなければならない。

そこで被告人が本件によって負担する税金は脱税本税の外

延滞税 三四、一二〇、〇〇〇円

重加算税 八四、〇〇〇、〇〇〇円

事業税 一九、六六九、七九一円

府市民税 五五、〇一三、五三〇円

合計 一九二、八〇三、三二一円

である(第一審弁論要旨参照)。

右税金を完納すると逋脱税額に対して六七、九%の税金を支払ったことになる。

次に被告人は脱税本税と右付帯税とを合計すると四七六、四八九、一二一円支払わなければならない。

被告人が脱税によって得た資産は

銀行預金その他現金 一五〇、二八八、〇〇〇円

株式 一三、〇〇〇、〇〇〇円

不動産 二一三、〇〇〇、〇〇〇円

出資金 二〇、〇〇〇、〇〇〇円

ゴルフ会員券 七、五〇〇、〇〇〇円

車両処分金 二、〇〇〇、〇〇〇円

店舗処分 五五、〇〇〇、〇〇〇円

合計 四六〇、七八八、〇〇〇円

が残存している資産全部である(第一審弁論要旨参照)。これを全部処分して脱税本税、付帯税合計四七六、四八九、一二一円の支払に充当しても尚一五、七〇一、一二一円不足することになる。更に脱税額と付帯税額との比率は六七、九%及び被告人が既に支払った府市民税一、〇〇〇万円、事業税一九、六六九、七九一円、及び重加算税三、五〇〇万円、今回の重加算税支払額二、五〇〇万円を合計すると八九、六六九、七九一円となり、これを重加算税八、四〇〇万円の支払に充当したとすれば、重加算税の支払は完納したことになる。被告人の経営する会社には従業員もおり、又その清算にも費用を要するし被告人が丸裸になっても前述の赤字が生じるのである。

11 本件所得は殆どいわゆる賭博遊戯機を設置して、客に遊戯をさせて得た所得であることは争わない。所得の源泉が悪質であるというかも知れないが、被告人の本件所得は岡山市内に喫茶店を開業し、ゲーム機三台位を置いて始めて以来のことであり、それ以来大阪に於ても警察が犯罪として検挙を開始するまでの所得であり犯罪による所得であるということはできない。被告人は警察が犯罪として取締るとの方針を打ち出す前に事業を廃止しているのである。所得そのものが悪質とは言えない。この点において所得の実質面から情状を考慮する余地があった。

12 本件の逋脱所得についても仮名預金を使ったが、通帳も正確に保存し、その使途も不動産購入、店舗の購入、仮名預金、有価証券投資等二の三5記載のとおり所謂無駄使いをしていない。

又関係会社の収入も個人と区別して明確にしておった。これが結局本件捜査の資料として役立った。

13 逋脱の手段として仮名の預金口座を設けたのでこの種の事案として特別の悪質ということはできない。

14 本件については昭和四三年以来の事業所得の集積であるので、逋脱所得逋脱税額の確定については立証上困難な問題があるが、査察官は財産増減法のみにより前述の所得を確定して起訴した(検察官冒頭陳述参照)。被告人は調査、検察官の捜査を通じて積極的に資料を提出して協力し、公判においては一切争わなかった。

15 被告人には前科、前歴はない。被告人は前記に述べたとおり本件脱税による国、地方公共団体に対する逋脱税額の納付につき真摯な努力をしている。本件犯行の動機もゲーム機による利益が長続きしないと考え、健全な事業への転換資金として貯蓄したものである。

16 被告人は料理等も経験あり、今後は小さい店舗を借り受けて夫婦共々昔の中華料理店を経営して、正しい職業の下で生活していく決心である。学歴のないこと、戦中戦後苦難な生活を生き抜いてきた者として家族の安泰を考えて本件犯行に及んだ事情、全財産を処分して国、地方公共団体への税の支払いの途を構じていること等改悛の情を考慮して懲役刑に執行猶予を与えたものである。刑の執行猶予は被告人にとって恩典であるが、自動車運転免許証の所持人たる被告人としては一刻の油断もできず四年間の月日を過さなければならないこと、宅地建物取扱業の免許、風俗営業その他営業許可の上に於ての不利益等考えると執行猶予とはいえ被告人にとっては相当な生活上の苦痛であり制裁である。この上に長期の労役場留置という処分を受けることは折角の恩情の効果を減少することとなる。

四 次に罰金刑六、五〇〇万円を併科した点を検討する。

罰金刑の目的は犯罪者から財産的利益を剥奪する刑罰である。刑法は言渡された罰金を完納できない者に対して労役場留置という制度を予定し、その言渡しと執行を定めている。原判決は一日一〇万円とし罰金総額六、五〇〇万円であるから約一年八ケ月の労役場留置となる。原判決は被告人に対して懲役刑の執行猶予の言渡をしていること、本件犯行の動機、態様、逋脱税額などに徴すると原判決の罰金額も重きに過ぎるとは考えられないと判示している。

しかし罰金刑の本質は労役場が監獄に付設され懲役刑の執行規定が準用されるから、その意味から不完納の者に自由刑と変わらないこととなる。被告人は控訴趣意書にも被告人の全資産を売却処分して脱税本税、付帯税全部を支払っても前述のとおり一五、七〇一、一二一円不足することとなる。

最高裁判所大法廷の昭和二四年一〇月五日判決でも労役場留置処分の合憲性を認める反面「罰金刑については犯人の資産状態もまた特に考慮せられて刑罰的効果を挙げることに十分注意を払われている。

五 被告人は自由刑について執行を猶予せられたとは言え懲役二年六月四年間執行猶予であり、相当重く処罰されているから付帯税の完納も国民の義務として履行しなければならない。本件被告人の財産的情状を考慮すれば第一審原審判決は刑の量定著しく不当であり、これを破棄しなければ正義に反すると思料するから刑訴法第四一一条により破棄せられたい。

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